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産業技術総合研究所

Users' Cases
計算負荷が軽く、構造最適化の計算速度が速い数値基底のDFTソフト「MS-DMol3
全電子を考慮した精度の高い計算をパソコン上で実行できる。

独立行政法人 産業技術総合研究所
環境化学技術研究部門 NOx除去触媒グループ

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「排気ガス浄化のための触媒の探索・開発」を重点研究課題とし、触媒設計の観点で、NOxを始めとする有害物質を除去するための新規触媒及び触媒システム技術を開発することを目標とし、触媒化学、表面科学、計算化学の三つの手法を総合して排気ガス中の有害成分を除去するための触媒システムの開発を行う研究グループ。
本社所在地 :茨城県つくば市東1−1−1 中央第5
Web Site http://www.aist.go.jp/


独立行政法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)環境化学技術研究部門 NOx除去触媒グループでは、分子の吸着シミュレーションの計算に「MS-DMol」を導入した。実験の専門家としての経験を活かし、精度の高い計算結果を得ている主任研究員 折田 秀夫氏にお話を伺った。


■パソコンで分子計算ができる時代へ

――2000年7月からMaterials Studioの前身であるCerius2を精力的に使い始め、2001年11月にMS-DMolを導入した。
「Cerius2はワークステーションでなければ動かなかったのですが、MS-DMolはパソコンで動く所が非常に魅力でした。ハードウェアの価格もワークステーションに比べて、1/10から1/100なので比較になりません。ワークステーション1台の購入金額で、ここにあるほとんどのパソコンがまかなえます。当時であればスパコンで動いていたようなソフトがパソコンで動きます。」

「2000年に使い始めた段階では、どの程度のことができるのか分からなかったので、モデルを作るだけでもいいだろうという判断でした。実際にボールモデルを自分で綺麗に作るのは大変ですが、ソフト上では分子モデルを簡単に作れます。Cerius2の場合は、ワークステーションで作ったファイルを自分のパソコンに持ってきて加工する手間がかかっていたのですが、MS-DMolでは全てパソコン上で出来ます。」


■実験だけでは決められない吸着場所を計算で特定

「表面化学、サーフェイスケミストリが私の専門で、分子が表面にどのような形や相互作用で吸着しているかを計算で調べます。以前は自分で実験をしていました。構造の分かった単結晶の表面を使いますが、綺麗な表面にも関わらず、どこに吸着しているのかなど細かい部分は実験だけでは決められません。計算は構造に基づいてエネルギーを決めますので、どこにどのような形で吸着しているかを最初に探し、どれくらいの相互作用で分子が吸着しているのかを計算します。吸着場所によるエネルギー差を計算することで、どういう形で吸着すれば安定になるかが分かります。」

「例えば、ディーゼルエンジンの燃料である軽油に含まれるベンゾチオフェンという分子中の硫黄が環境に悪影響を及ぼしますので、その硫黄を触媒を使って取り除きます。脱硫触媒に含まれる活性金属の代表的なものとしてモリブデンがあります。ここに結晶の硫化モリブデンから切り出したクラスターモデルがありますが、チオフェンの様に硫黄が含まれている化合物が、どのような形で吸着すれば分解して無害なものに出来るかを研究しました。分子が立って吸着しているか、寝て吸着しているかを計算によって決める事ができます。細かな結合距離や結合角を調べるには、今のところ計算の方が優れています。」

「表面化学ではモデル表面を使って吸着を調べ、最終的には触媒開発に応用していく事を目指しています。今では、反応シミュレーションを行える段階まで来ています。モデル化した表面であれば、どのような分解が起こりやすいのか、どのような形で触媒に応用できるのかが分かりつつあります。しかしながら、実際に触媒に応用したときに、すぐに同様の活性点構造を作れる訳ではないため、そこが応用面での大きなギャップとなっています。MS-DMolが触媒活性予測に使用できるという論文も発表しましたが、予測された触媒の性能を上手く実験的に確かめられるかは今後の課題でしょう。」

フェノールが吸着した
Pd(111)表面
ピリジンが縦型で吸着
したMoS2クラスター
A型ゼオライト イオウが横エッジに吸着
したMoS2クラスター
Moが多く露出した形の
MoS2クラスター

■危険な実験に代わる計算

「計算のいいところに仮想的なモデルを作っても計算ができる点があります。例えば、実験をすると危険なものに対して計算をする。ダイオキシンの分解を計算でやればまったく危険はないのですが、それを実際に実験すると危険を伴うため、どのような触媒を使えばダイオキシンが分解できるかを計算し、上手く行きそうであれば実際に実験をする。ある程度、触媒のスクリーニングをしておいて、絞った段階で実験を始めることが可能です。また、超臨界シミュレーションでも、分子動力学(MD)の計算がより速く、且つ正確になれば、高温高圧の状態もシミュレーションに取り入れられますので、危険な実験を避けることができます。そこが計算の大きな利点であると思われますので、実験の手間がかなり省けるでしょう。」

「実験をしている研究者の方にとって、計算はまだ方法論として確立されつつある状態です。MS-DMolは密度汎関数法というDFTソフトで、非常に大きな近似を使っていますが、多数の電子を含む系では大変有効で、今では非常に多くの系に適用できるようになってきたと思います。」


■基底の違いによる計算速度と精度の差

「MS-DMolを選んだのは、特に周期境界条件を使った計算をしたいということがありました。表面の計算は周期境界条件を使った計算が必要になりますが、当時、周期境界条件を使えるソフトは、Accelrysの製品でもMS-CASTEPという別のソフトがあり、そちらの方が一般的に表面の計算に使われていました。あえてMS-DMolを選んだ理由は、計算負荷が軽くて速いということがありました。最終的には吸着系で振動計算をして測定された赤外スペクトルとの比較をしなければ、本当にどういう形で吸着しているのか決められない事が多いのですが、振動計算についてはMS-CASTEPではなくMS-DMolの方が優れていました。」

「MS-CASTEPとMS-DMolの一番の違いは、展開している基底です。MS-DMolは局在基底関数に基づいたDFTコードを使っていますが、MS-CASTEPは平面波基底を使っています。他にも平面波基底のソフトがあり、他の研究者は平面波基底をメインに使っていました。研究者としては少し冒険なのですが、導入時点で他の人が使っていないソフトを使ってみようと思い、MS-DMolを選びました。両方の比較をしている人はいませんので、比較をしながら研究ができます。」

「実際に使ってみると、大分違いが出てきました。MS-DMolは、計算負荷が軽くて速いという利点があり、パソコンでもかなり大きな系の計算ができます。MS-CASTEPもパソコンで動きますが、MS-CASTEPでは計算できないものが、MS-DMolでは十分できます。導入時点で比較した限りでは、5倍は速いということもありました。5倍違うと5日間で終わるところが1日で終わります。前日に動かしておけば翌朝には終わっています。けれども、1週間かかると翌週にならないと終わらないので、大分仕事の進み方が違います。ソフト面と全体的な精度の面で結果的には当たりでした。」

――選定当時は平面波基底が主流でしたが、現在の流れは変わりましたか?
「今のところ、他のソフトときちんと比較をしている人はほとんどいませんので、違いが出ているということを論文で発表していかなければなりません。」

――他のソフトで吸着のシミュレーションをすることについてはどう思われますか?
「例えば、Gaussianでも周期境界条件は入るのですが、計算速度をMS-DMolと比べると一桁、ある場合では二桁遅いので、二桁遅いと1日で終わるものが100日かかります。モデルが正しく、計算すれば正しい結果が出ると分かっていれば、100日かけても意味があると思いますが、結果が使えるかどうかわかならいものに対してそれだけの時間をかけるのは、現実的ではありません。」

――なぜDMolでは、白金の吸着シミュレーションの計算結果と実験結果があうのでしょうか?
「だいぶアカデミックな話になりますが、白金の場合は、1原子の中に78電子あります。78電子を全て取り扱わないと、白金の上に一酸化炭素が吸着しているモデルは上手く計算できないというのが私の結果です。表面モデルでは周期境界条件を使用しても多数の原子でモデルを作る必要があります。例えば、今回の例では白金は16原子必要です。パソコンでも16原子×78電子を全て取り込み、精度よく計算できるのは、MS-DMolしかありません。」

「Gaussianや他の平面波基底のソフトを使った計算では、実験の結果と今の所合っていません。」

「Gaussianでは、白金に関してコアポテンシャルを使い、原子価電子の10電子分しか主に計算に取り込んでいません。しかも、GaussianのソフトはHartree−Fockが基本なのですが、白金のような重原子はHartree−Fockでは取り扱えないため、Gaussianの中でもDFTを使っています。それではGaussianの特徴を生かしきれていませんし、DFTならMS-DMolの方が速いので、有効と考えています。」

「DFTは数値積分をする必要がありますが、全部数値で計算をするのがMS-DMolの特徴で、他のDFTソフトに比べて計算が速くて軽い。実利的な面を重視して作ってあるのがMS-DMolです。Gaussianならガウス基底ですので、基底の形などについて更に勉強していこうと思えば可能ですが、数値では数字の羅列ですから詳細に踏み込もうとしても仕方がありません。ある意味ブラックボックスの様に使っても大丈夫というソフトです。MS-DMolのインターフェースはユーザーフレンドリーに作ってあるので、最初の画面で何も選ばなくてもRUNを押せばそれなりの結果がでるようにパラメーターが設定されています。MS-CASTEPの場合は、MS-DMolに比べるとパラメーターが倍以上あり、パラメーターの中身も分かりにくく、最初のパラメーターのままでRUNを押しても、うまく結果が出ない事が多くありました。」

「表面化学では実験のバックグランドがありますので、どのあたりをチェックしながら計算すれば大丈夫かが分かります。どれぐらいの精度で計算すべきかは、経験をつんでいくとだいたい分かってきますので、大きな問題はありませんでした。」


■実験の経験から得られる精度の高い計算

「基本的な知識がどの程度あるかが重要でしょう。自分が計算したいことに対して、バックグランドの知識を持っているかは大事なことです。」

「自分がやりたい計算に対して、実験をしてきた経験から知識が豊富にあるので、他の人の実験データと比較ができます。計算専門の方は、実験データのスペクトルを見ても分かりにくく、特に実験誤差について掴みにくいのではないかと思われますが、実験の経験があると、自分の結果だけでなく、他の人の結果でも論文の検討により、こういう計算ができれば実験結果が説明できるのではと思いつきます。」

――研究の進め方は変わりましたか?
「以前から計算に興味はありました。独立行政法人になる時点で、少し違うこともやっていこうと思い計算を始めました。自分で計算をして、そのデータが使えるか不安はありましたが、実験をやってきた人が計算をやることで、違う立場からの発見に期待がありました。計算の専門家に頼むという手もありますが、その人が実際にやってもらいたい計算に対して、バックグランドの知識があまりない場合や、頼む方に計算の知識がない場合は、パラメーターの設定などで手間取り、良い結果が出ない場合もあるでしょう。計算ソフトがかなり自由な形で使用可能な状況にありましたので、自分でやった方がいいと考えました。実際にMS-DMolを使ってみたところ、期待以上の成果が得られ、結果的に良かったです。」


■今後は反応のシミュレーションへ

「遷移状態サーチもかなり良くできているので、あとはMDをソフト的に更に改善していただいて、MDも積極的に使ってみたいと考えています。初期条件を適切に設定すれば、どのように分解して無害な形に変化するかなどが分かるようになればいいですね。MS-CASTEPに比べたら計算は大分速いのですが、MDの場合はステップ数を増やさなければ、信用できる計算結果が得られないため、時間がかかります。従って、より一層計算速度が速くなってほしいと思います。」

「吸着状態を決めるのは、かなり良く出来ることが分かりましたので、反応機構について重点的に研究したいと考えています。静的な状態ではなく、動的に分子の動くところのシミュレーションが必要になりますが、非常に興味を持っています。これからは、反応のシミュレーションにMS-DMolなどの計算ソフトが多く使われるようになると思います。」

独立行政法人 産業技術総合研究所 
環境化学技術研究部門 NOx除去触媒グループ
主任研究員 折田 秀夫 氏(理学博士)

計算を始められて苦労されたところは?
設定したパラメーターで本当にいいのか、計算が信用できるかをチェックしなければなりません。また、論文を書いていたときにMS-DMolを使っているケースがあまりなかったので、MS-DMolを使った計算結果が大丈夫であると説得することが大変でした。新しいことをやっていこうとすると認めてもらうのは大変です。

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